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プリクラとデジカメ

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な〜んでプリクラなんてあんなに大流行したのかな〜とふと思った。 で、調べてみた。 出てきたのが95年で97年がピークだったらしい。 ちょうど大学の時だ。 プレーステーションとか出てきてて家庭用ゲーム機の画質がアーケードに迫りつつあったころ。家でこんな高画質のゲームが出来るようになったのか?とファミコン世代の俺たちは思ったわけよね。 少しさかのぼると格闘ゲームが全盛だったときで、ゲーム機やさんはぼろもうけしたんだよね。だって秒殺されても100円取られたんだから。 ゲーセンってウチらが中学ン時ぐらいまではまだまだ不良のたまり場的雰囲気でヘタすると怖いあんちゃんにカツアゲされる恐れもあったようなところで、暗くて危ないところだったんだよね。 それが格闘ゲームブームで明るい遊び場に変わって、何のことはない女の子のユーザも入ってくるようになった。 開けたゲーセンの新たな顧客層って事で女の子向けの商品を開発したんだろーなー。で当たったのがプリクラ。 よく考えりゃデジカメってまだ当時普及してなかったしね。携帯にカメラ機能なんて無かったし。 当時俺が持ってた携帯って Docomo NM511ってこんなばかでかい代物だったんだよね。液晶当然モノクロだし。 高校生がモツにはまだちとたかかったかな。 可愛くなかったしね。なにより。 子供が持つ物って感覚無かったもんね。 だからその場で取った写真が持って帰れるってのがでかかったんだろうな。 「 写ルンです 」とかまだ全然売れてたんじゃない?97年に大型のCM打ってるみたいだし。 だから少々画像が悪かろうが印刷物が小さかろうが、遊びでやるぶんにゃ全然そんしょくねーってことだったんだろうな。 それでも ここ みると一回400円もしてたのな。バカたけ〜!! それでも取りまくってさ、交換してさ、手帳にコレクションしてさ、凄い勢いだったもんな。 そういやピークだって言う97年の夏から国外いっちまったからその後の収束ぶりって知らないんだよね。 でその当たりでデジカメって普及し始めて、当時欲しかったのがQV-10ってやつだったんだよな。レンズ部分が動いてね自画撮りとかできるデジカメっぷりがかっこよくてね。今じゃ当たり前なんだけどさ、フィルムカメラには出来ない芸当だからね。 でも買え無くって...

年末のご挨拶

2月の末に出馬を決め、2ヶ月後に当選。 以来7ヶ月多くのことを学ばせていただきました。 「自分が今できることは何か」を問い、出来ることを可能な限りこなしてきたつもりです。 それは個人的には「やりがい」という充実感を報酬としていただくことが出来ました。 私に課題を課していただいたそれぞれの方々の多くには何らかの結果をお返しすることも出来ました。 未だ課題も多く、自ら満足していない部分も多々ありますが、来る年にはその多くを克服し、またさらに成長できる機会を得ることが出来れば本望だと考えています。 震災、原発、国防、高齢化社会、デフレ、政治不安等々書き連ねればいくらでも上がってくる国家の危機。 そんなことは別世界のことのように不毛な時間を多く費やした我らが議会。危機感も緊張感も感じられない雰囲気に苛立ちも感じるようになりました。 私に出来ること、私がしなければならないこと。しかし正論だけで事が進まない環境。駆け引き、根回し等、あまり今まで首をつっこむ必要なく生きてきた私には、時に窮屈で歯がゆいと感じさせる事も多くありました。 それでも今私に与えられた現場で、学べること、吸収できることは何なのか。今私に求められている物は何なのか。日々考えながら、今私に与えられた環境に於いて私が出来ることの生一杯をこれからも行っていきたいと思います。 寝屋を出るより其日を死番と可得心かやうに覚悟極る ゆへに物に動する事なし 是可為本意 寝室を出る時から、今日は死ぬ番だと心に決めること。そういう覚悟があれば、物に動じない。本来、こうあるべきだ。 高虎の遺訓より 元来せわしない私は家を出てから「あれを忘れた」「これを忘れた」という状況に何度か直面した。時に心を落ち着け家を出る前に準備を万端整えて100%を出し切って物事に当たりたい。 私にとっても今、一度家を出れば日々戦場だからだ。 ともあれ、今年は本当に多くの方に感謝をしなければ成りません。 こうして無事年の瀬を迎えられるのも、何所の馬の骨かも分からない新参者の私に多くの方が期待をかけていただいたからに他ならないからです。 改めて、本年は大変お世話になりました。 来年も是非よろしくお願いいたします。 皆様にとっても良い年になりますように。

ホワイトクリームシチュー

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娘にせがまれてホワイトシチューを作りました。 って食いもんエントリー2連チャン。 別に議会終わったからって暇にしてるわけじゃないんですよ。 さて、シチューのモトを使っちゃちゃんじゃ〜わざわざ書く意味がない。 そりゃあそれなりに手間かけて作ります。 要はホワイトソースを作るんですよ。で、あとで合わせる。それだけのこと。 ただ、ホワイトソースはマジでつくろうと思うと結構根気がいる。 バターとかして小麦粉ぶっ込んで練るんですよね。弱火にかけて。牛乳を少しずつ足して。 ただひたすらコネコネと。 その間に具材は牛乳で煮ます。 沸騰しないように。あくは取って。 私はホワイトシチューは鶏肉だろ!と思いこんでる人間なんで。鶏です。 後はジャガイモにんじんタマネギみたいな所ですね。ブロッコリー入れたりマッシュルーム入れたり。そりゃ好みで。 で、最後に合わせる。 味は塩胡椒だけ。 生クリームとかチーズとかぶっ込むと良いですね。出来た後に。 今回はピザに使うようなナチュラルチーズを入れました。ゴルゴンゾーラみたいの入れても旨いんでしょうね。風邪っぴきで買い物一緒に行かなかったんで今回は無し。 旨いよ。マジで。 めんどくさかったらハインツのホワイトソース使ったら良いんです。 私はあれには化学調味料が入ってるんで使わないですけど。 別にそこまでこだわる必要は別に無いんで。好みの問題です。 ただ、顆粒のシチューの素よりゃよっぽど旨いですよ。 あ、ちなみにこいつすぐ焦げるんで、再加熱は要注意。 分量?んなモンてきとーです。 一回やってみて調節すりゃいーんです。 失敗すりゃ次は上手くなる。

しかカツ・美味なり

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先日先輩議員に鹿肉をもらった。 固まりで冷凍になってて、そのままじゃどうしようもないので取りあえずいったん解凍。 初日は鹿鍋にした。 モツも入れて味噌仕立てにして、ショウガやニンニクや何かも入れた。 結構上手かったけどやっぱ臭みは気になる。ってか鹿入れた時点で牛モツは入れるべきじゃなかったかも。 唐辛子つっこんだりとか七味バンバンかければ最高なんだけど、娘が二人いるんで自分だけのにかけた。でも旨いよ。 で、二日目。 あげちまえばだいたいにおいなんて飛ぶんでってことでカツにすることにした。 筋とって赤身の部分だけほどよく切って水洗い。 かなりがさがさ洗って血を出してからキッチンペーパーに乗せて血と水を取る。 ってか前のエントリーで学んだようにちゃんと血抜きすりゃうめーんだ。でも猟師が取ってきたやつはだいたい湯気が出てるまま切り分けて即冷凍してて血が残ってる。 ってはなしを聞いてたんで、出来る限り血を取ることにした。 で、ニンニクおろしたのを塗ったくってちょっと寝かせて後は普通にカツにする。 結果。 激うま。 ま、脂身がないからね、あれだけど。旨いよ。めんどくさかったから最初にたたかなかったけど、そこまでやったらもっと柔らかかったとおもう。 カミ応えを楽しみゃいーかーとか思ったんで、何にもしなかったけど。 と言うことで しかカツ!うまかったです。

真虎と言います。よろしくお願いいたします。

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え〜全く私事なんですが、と言いましてもこのブログ元々私事を思いつくままに書いてる私的な物ですので、私事でなんら問題ないんですが、息子が産まれまして、真虎と名付けさせていただきました。 こいつなかなか縁起の良いやつで、4月末に当選させていただいた直後、東北の被災地に行っている際に、家内から連絡が入り妊娠が知らされたやつで、どう計算しても出馬を決めて選挙活動の前半戦の才に受胎したらしく、また都合良く空転しまくった第4回定例会閉会後にちゃっかり産まれてきてくれた親孝行なやつです。 予定日は19日だったので2日遅れと言うことで母親には随分無理を言ったようですが。(かなり痛かった様子であります。) と言うことで私は貴い虎という名をいただいたんですが、そのど真ん中を突き進んでいただきましょうと言うことで、色々悩んだあげく真の虎「真虎マサトラ」に決めました。 ちなみに正確には、母方の祖父の名前Vasileをまん中に入れまして、住民登録上は「小林ヴァシーレ真虎」という事になっております。 相変わらずアルファベットは認めてくれません。 と言うことで今後お見知りおきを。

やばい。どーも餌にされてるっぽい

一昨日の朝。ノドが痛かった。 昨日の夜、かなり痛かった。 どーやら菌類かウイルスの繁殖の土壌になってるようだ。 私の粘液質の上表細胞を食い散らしそれを栄養にして繁殖を繰り返しているらしい。 イソジンを流し込みノドの周りの連中を無差別殺傷。 その後詰まってる方は放っておいて鼻孔の奥を除洗。 かなりの数を排除したはずだが、何せ多勢に無勢。一気にとは行かない。 それでも今朝は少し痛みが和らいだ。 とはいえ奴らなかなかしぶとい。さすが長年にわたって人類を苦しめてきただけのことはある。 よって定期的にジェノサイドを敢行することに決めた。 この年末彼らに屈するわけにはいかない。

津波到達予測・県調査・詳細データ

県からいくらか詳細な数字が降りてきた。 M9の予測だ。 (1)津波の河川遡上効果の精査 (2)津波浸水予測図中の浸水深ごとの階層及び配色のみやすさ (3)河川内の浸水範囲(浸永メッシュ)の消去 以上の事を次回の課題にすると言っている。 津はこんな感じ   地点名 ・50cm到達(分)・最大波到達(分)・波高(m) 津市河芸町中ノ川  64     233    3.59 津市河芸町田中川  63     155    3.50 津市河芸町河芸漁港 60     220    3.64 津市白塚漁港    56     234    3.23 津市志登茂川    54     171    3.24 津市安濃川     52     171    3.20 津市岩田川     51     145    3.30 津市御殿場     49     171    3.48 津市雲出鋼管町   49     170    3.38 津市香良洲町雲出川古川 49   168    3.44 津市香良洲町海水浴場 48    167    3.65 津市香良洲町雲出川 49     168    3.40 最大は到達時間が以前より伸びたように思える 高さは4m弱 逆流に関しては今回は試算に入れていないようなので、今後の調査結果を待つ。 あわせて、前回定例会でも要望を上げるよう要請したが、 やっぱ被害予測だ。 これがないと波の高さが分かっても、まだ具体的イメージには遠い。 じゃあ4m以上の所に逃げれば良いのか?というとそうでもないと思う。 2階建ての屋上なら助かるか? 家ごと流されりゃもともこもない。 築何年であれば耐えられるのか。いや、やはりビルなどの近代建築物に逃げ込む必要があるのか。築40年ぐらいの公民館は果たして生き残れるのか。 被害予測が出ないと避難経路もたてられない。 もちろん浸水域外に逃げられる人達は良いが。 2〜3時間かけても機動力の低い高齢者が私の地域には多い。 避難ビルに逃げるしかない。 今回指定された避難ビルはおおむね大丈夫なの「だろうが」 今回の数字に表れた規模であれば。 ま、それにしてももう少しつっこんだデータの出てくるのを待つしかない。