明石の漁業が続くために
〜明石沖の漁業資源回復の取組〜
令和4年「全国豊かな海づくり大会」開催地・明石市。かつて5,000トンを超えた漁獲量が半分以下に落ち込んだ今、市・漁協・農家・市民が一体となって「きれいな海から豊かな海へ」の転換に挑んでいる。
明石の漁業は今、大きな転換点を迎えている。かつて年間5,000トンを超えた漁獲量は令和6年に1,922トンまで激減。一方で海が「きれいになりすぎた」ことによる栄養塩の不足が深刻化し、漁師たちは「とる漁業から育てる漁業へ」という発想の転換を迫られている。明石市豊かな海づくり課が進める多面的・総合的な資源回復の取組を紹介する。
漁獲量は半減以下、でも魚価は上昇
明石の漁船漁業は、小型機船底びき網・船びき網・たこつぼの3形態が中心。漁獲量のピークは平成27年の約5,033トンだったが、令和6年は1,922トンと約6割減となった。しかし総生産金額は令和6年に219億円(うちノリ養殖70億円、漁船漁業30億円超)と増加傾向にあり、水産物の市場価格上昇が漁業者の収入を下支えしている。
主な対象魚種はたこ・まだい・いわし類・いかなご。近年は真鯛やイワシが比較的安定している一方、たこといかなごの激減が深刻だ。
「海がきれいになりすぎた」という皮肉な現実
漁獲量激減の最大要因として明石市が挙げるのが「栄養塩の減少」だ。水質改善によって兵庫県から海に流れる窒素量は1994年の95t/日から2024年には52t/日以下に半減。植物プランクトン→動物プランクトン→イカナゴ・シラス→マダイ・タコという食物連鎖の根底が揺らいでいる。
海藻が黄色くなる「色落ち」が増え、ノリの生育不振も続いた。2010〜14年の海水全窒素濃度は1996〜99年比で明らかに低下しており、「きれいな海=豊かな海ではない」という認識が行政・漁業者に共有されるようになった。
その他の減少要因:タコはもともと寒さに弱く(5℃以下で死滅)、昭和38年の寒波で漁獲量が激減した歴史がある。台風接近数の減少(2024年は8月以降ゼロ)により川の氾濫が減り、陸からの栄養分の流入自体も低下。プレジャーボートによる生息環境の攪乱、さらにタコが捕食する甲殻類(エビ・ヨコエビ等)の減少も確認されている。イカナゴについては建設資材向け海砂採取によって砂地の産卵場が破壊されてきたことが調査で明らかとなり、昭和36年より兵庫県漁業調整規則に基づき県内海砂採取を原則全面禁止とした。
「とる漁業」から「育てる漁業」へ——多面的なアプローチ
明石市と漁協は「きれいな海から豊かな海へ」をスローガンに、資源回復・環境改善・市民啓発を三本柱とした取組を展開している。
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たこつぼ投入事業(昭和41年〜) 昭和38年の寒波被害を受けて開始。現在20万個以上が海中に沈設されている。市がたこつぼを購入・補助し、漁業者が自腹で投入する費用分担方式。加えて、子持ちダコを再放流し産卵を守る「子持ちダコ再放流事業」も継続している。
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稚魚放流事業(予算200万円/年) まだい・ひらめ等の種苗を海洋に放流。子どもたちが参加する「稚魚放流体験」を通じて漁業への理解醸成も図る。放流種苗は水産技術センター等での養殖・孵化で生産。まだこの完全養殖(卵からの人工孵化)は「まだこ種苗量産技術開発支援事業(R6〜)」として研究段階。
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魚礁沈設・海底耕運(平成20年〜) コンクリート製魚礁の沈設と、浅海の海底を専用機で耕す「海底耕運」を実施。海底耕運は当初、漁業補償からスタートした取組。漁場環境の整備と生物多様性の回復に寄与している。
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栄養塩管理運転(平成20年〜段階的拡大) 市内5漁業協同組合からの要請を受け、下水処理場で冬季に窒素濃度を意図的に高めて放流する「栄養塩管理運転」を開始。平成30年に兵庫県の下水道整備総合計画が改正され、窒素の計画処理水質が引き上げられた(二見処理場:冬季40mg/Lへ)。令和3年には大久保・船上浄化センターも通年管理運転を開始。
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かいぼり(平成26年〜) 農業用ため池の冬季排水・泥出し(かいぼり)で、池底に堆積した腐植土の窒素・リンを河川を通じて海に届ける里海協同活動。淡路島・東浦の先行事例を参考に、明石市東二見の新池で漁業者と農業者が連携してスタート。県が主導・調整し、市・ため池協議会・漁協が連携する体制。
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発酵鶏糞の海中散布(令和4年〜) 水深3〜5mの浅海に有機・無機肥料を散布し栄養塩を補う新たな取組。R4: 130t→R5: 140t→R6: 156tと拡大中。R7は200t(計画)、R6補正では国庫補助も活用し640tの大規模散布を計画。予算約1,050万円(肥料費・労賃・船費・モニタリング含む)。海藻の成長差やヨコエビ・アミの増加が確認されている。なお海洋投棄規制には抵触せず、法律改正なしで実施可能。
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アマモ場再生(R6〜、継続中) 産卵場・稚魚の隠れ場所として機能するアマモ場の再生に着手。現在は事業開始のはしりであり、今後面積・効果のモニタリングを継続する予定。
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プレジャーボート規制強化(林崎漁港) 無秩序な係留によって漁業環境を悪化させていたプレジャーボートへの規制を強化。漁場環境の保全と秩序ある港湾利用を両立させる。
国・県・市の連携で低コスト実現
漁場環境改善事業の市町負担割合は約15%。市単費で年間約1,800万円の支出だが、地方交付税措置も加味すると2,000万円規模の事業で実質負担は90万円程度という構造も一部取組にはある。多面的機能発揮事業(農林水産省)による国庫補助も積極活用しており、令和6年補正予算では2,000万円(国庫補助)の大規模施肥事業を計画している。
また平成30年の漁獲高激減を受け、ふるさと納税を活用した資源回復支援も実施された。稚魚放流には年間200万円の予算が充当されている。
栄養塩管理運転は、漁業者・漁協が下水道当局に「窒素をもっと流してほしい」と要請するという通常とは逆のプロセスで始まった。環境改善と漁業振興が相反するように見えて実は連動するというこの構図は、一次産業の現場から政策を動かした好事例として全国的にも注目されている。県の下水道整備総合計画の改正(平成30年)、通年管理運転の段階的拡大と、要請から制度化までの積み上げが丁寧に行われた点が特徴的だ。
残された問い——栄養塩回復への長い道
明石市がまとめた「今後の課題」は、イカナゴ・マダコ・その他魚種のいずれも共通して「栄養塩濃度の回復」だ。施肥・栄養塩管理運転・かいぼりの効果はモニタリングで徐々に確認されつつあるが、漁獲量の本格回復には至っていない。
視察で出た主な未解決の論点は次のとおり。海岸線の人工護岸化率(ほぼ100%に近い)が生態系に与える影響、漁業が一次産業の大半を占める明石市の経済的依存度、水深・海底地形ごとの施肥効果の差、アマモ場再生の最終目標面積、そしてまだこ完全養殖技術の実用化時期——いずれも現在進行形の課題だ。
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