【視察報告】尾道——12万人のまちが世界を引き寄せる理由と、ブルーカーボンで海を蘇らせる挑戦
【尾道市視察】12万人のまちが世界を引き寄せる理由——
観光・まちづくりの「積み重ね」とブルーカーボンで海を蘇らせる挑戦
左上:平日昼間から多くの観光客が行き交う尾道駅前 / 右:雨の尾道本通り商店街 / 下左:しまなみ海道サイクリングロード起点の向島行き渡船乗り場 / 中:名前がついた石畳小路 / 右:路地の奥に灯る店の明かり
人口12万人、面積285km²——数字だけ見れば小さな地方都市に過ぎない広島県尾道市。しかし駅前には平日昼間からキャリーバッグを引く観光客が絶えず、外国人の姿も多い。「しまなみかいどう」という言葉を友人から聞いて今治から自転車で渡ってきたイギリス人の二人組。この光景はどうして生まれたのか。同日、市内の浦島漁業協同組合がブルーカーボンクレジット事業で干潟・アマモ場を再生している取組も聞いた。まちづくりと海づくり——二つの「積み重ね」が尾道という場所を形成していた。
尾道というまちの印象——「積み重ね」が見えるまち
視察当日は雨だったが、尾道の駅前は活気があった。新しい庁舎は船をモチーフにしたデザインで、1階には子どもの遊び場と土産物コーナーが設けられ、土日祝日も開放されている。海に面した側面はガラス張りで中から海が見え、5階には展望デッキがある。 「人が来ることを前提に創った庁舎」という言葉がぴったりくる。
左:船をモチーフにした尾道市庁舎 / 右:庁舎屋上の展望デッキから尾道水道を望む
商店街に入ると、石畳の道があり、小道には名前を書いた石の柱が設置されている。旧商工会議所は築120年超の建造物がそのまま残り、古い建物と新しい店が混在している。焼き牡蠣の老舗、路地奥のカフェ、9時から開く店。まちの各地にいろと味わいがある。
左:雨の中も人が歩く商店街 / 中:廣島焼き牡蠣・尾道料理の老舗看板 / 右:若い観光客が絶えない尾道駅前
「市長が替わろうが当たり前のように継承されてきたまちの意識というものが尾道にはある。一貫して観光を意識してまちづくりを行ってきたことが、そこここに見て取れる——つまり積み重ねだ。」
翻って津はどうか。一貫して取り組んできたことで、市政が変わっても継承されてきたものがあるかと考えると、思い当たるものがなかなか見当たらない。尾道の経験は、都市の個性と魅力は短期的な事業ではなく長い時間をかけた積み重ねからしか生まれない、という当たり前の事実を改めて突きつける。
しまなみ海道とインバウンド——「尾道をめがけて来る」外国人
前日、宿泊先でイギリス人の二人組と話す機会があった。ワーキングホリデーで7ヶ月日本に滞在中の彼女たちは、今治で自転車を借りてしまなみ海道を走り、尾道で返すルートを選んでいた。「しまなみかいどう」という言葉は友達から聞いて知ったという。情報は彼女たちが能動的に探したのではなく、すでに友人ネットワークの中で「良い場所」として流通していた。
向島行き渡船乗り場。しまなみ海道サイクリングの起点として、外国人サイクリストも多く訪れる
人口:約12万人 / 面積:285km² / しまなみ海道の本州側起点。駅前には平日昼間も観光客が絶えず、外国人比率も高い。駅構内には商店街の各店舗紹介が写真付きで掲示され、2階に展望デッキを備える。
旧商工会議所は築120年超の歴史的建造物。石畳の小道・石柱の小道名表示など、まちのあちこちに歴史的蓄積が可視化されている。
「尾道の海のゆりかご」——ブルーカーボンで干潟・アマモ場を再生
視察のもう一つの柱が、浦島漁業協同組合と尾道市が連携して進めるブルーカーボンクレジット事業だ。昭和59年から続く干潟整備の積み重ねに、近年のブルーカーボンという新しい仕組みが加わり、事業として回り始めている。
ブルーカーボンとは何か
アマモや海藻、植物プランクトンなど海の生物が光合成で海中に取り込む炭素を「ブルーカーボン」という。陸地の森林が吸収するグリーンカーボンに対応する概念で、島国日本は世界でもブルーカーボンの宝庫とされる。このブルーカーボンの吸収量をJ-ブルークレジットとして認証し、企業等に販売することで得た収益を海の保全活動に還元するのがJブルークレジット制度だ。
尾道の取組——4つの人工干潟とアマモ場
中国地方整備局による航路整備の浚渫土砂を活用して造成された4か所の人工干潟(高尾干潟・灘干潟・海老干潟・百島干潟)において、浦島漁業協同組合と尾道市が干潟・藻場の保全・清掃活動、海底耕運などを実施している。アマモの生育水深は2〜5m。干潟の造成・管理は昭和から浚渫土を浜に戻す取組として続けており、現在の管理面積は約74ヘクタールに及ぶ。
4年間の平均:約97t/年
水質浄化効果
食料供給効果
市場価格法・代替法
令和4年度:130.7トン / 令和5年度:87.6トン / 令和6年度:93.2トン / 令和7年度:75.8トン
単年度申請・単年度評価による認証制度。地域要件など特になく、過去の実績や人工物沈設等が申請要件となる。
収益の仕組みと購入者
クレジットはJBE(Japan Blue Economy)経由でJブルークレジット購入企業に販売される。購入しているのは主に地元企業約20社で、プレス工業・丸善製薬など一口10万円から参加。地元への貢献意識で出資する企業もあり、地元の銀行も協力している。購入企業はすべて尾道市のホームページで公開されている。
販売収益は一端市に入り、漁協に卸す形で漁協が栄養塩投入などの保全活動を実施。残りは調査費用・環境学習イベント費に充てられる。毎年の予算規模は約500万円。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 実施主体 | 浦島漁業協同組合(約10名)・尾道市 |
| 対象海域 | 高尾干潟・灘干潟・海老干潟・百島干潟(人工干潟4か所) |
| アマモ場の水深 | 2〜5m |
| 干潟管理面積 | 約74ヘクタール(多面的機能発揮事業) |
| クレジット販売先 | 地元企業約20社・JBE経由、一口10万円〜 |
| 収益の使途 | 栄養塩投入・環境学習イベント・調査費用 |
| 年間予算規模 | 約500万円 |
| 認証制度 | Jブルークレジット(単年度申請・単年度評価) |
オフセット事例——せとだレモンマラソン
尾道のブルーカーボンクレジットは地域イベントのカーボンオフセットにも活用されている。せとだレモンマラソンの排出量を尾道のブルーカーボンでオフセットする取組は、イベント主催者と参加者双方の啓発につながり、イベント自体の社会的評価の向上にも寄与している。
CO₂吸収(ブルーカーボン)だけでなく、水質浄化・アサリ等の水産資源増産・防災・レジャー場としての価値を持つ。環境省「令和の里海づくり」事業の別漁協と連携しながら広がりを見せている。地元中学生・企業との環境学習(アマモ再生体験会)も実施。
課題と今後の展開
浦島漁協の組合員は約10名と少なく、後継者問題を抱えている。環境保全・クレジット事業を継続するためにも担い手の確保は急務だ。今後は地元企業や中学生を巻き込んだ環境学習の拡充、マリンスポーツ「尾道海属」や海事・観光産業との連携を通じた地域活性化への収益還元が計画されている。
⚠️ 津市への示唆:ブルーカーボンクレジットは地域要件なし・単年度申請で導入可能。地元企業が一口10万円から参加できる仕組みは企業の地域貢献と環境保全を結びつける好モデル。漁協規模が小さくても市と連携して進められる点、収益をイベントや環境学習に活用している点は、津市でも検討に値する。
視察を終えて——「積み重ね」という問いかけ
尾道は観光でも海づくりでも、一貫した方向性を長年にわたって積み重ねてきたまちだった。庁舎の設計が観光を意識し、商店街の石畳に名前がついており、120年の建物が現役で、駅構内が地域のショーウィンドウになっている——これらは単発の事業ではなく、まちとしての意思の連続から生まれた景色だ。
ブルーカーボン事業も同様で、昭和59年から続く干潟整備の積み重ねがあってこそ、Jブルークレジットという新しい仕組みが乗ることができた。土台なき新規事業は根付かない。
翻って津市はどうか。市長が替わっても継承されてきたまちの意識、一貫したビジョンがあるだろうか。この問いは今回の視察が突きつけた最も重要な宿題だと感じている。
※本記事の数値・事実は提供資料およびヒアリング内容に基づきます。
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