公開質問状に対する回答


4月5日13時12分現在、公開質問状の送付者からの公開質問状取り下げに関する連絡は頂いておりませんので記事は残しますが
議会事務局及び正副議長宛に電話が入っている旨を伺い、周辺の方にご迷惑をかけている為画像を削除いたします。

なお、個人の住所を公開したという誤った認識が流布しているので追記しますが、公開質問状の上部を拡大し再度掲載します。
僕らの移住生活 加納克典 嶋田全宏
LabelX 関西支部副支部長 misane
団代に所属する代表者として送付されたものであることを追記しておきます。

前提

先日私宛に「公開質問状」なるものが送りつけられてきました。送付した本人は事前に自身のSNSにもアップし、同じ物をメディアにも送ったと書いてあります。

世の中には様々な人がそれぞれ異なる価値観を持ち隣り合わせに生きています。特定の事象に関しても異なる意見があるのが当然。見解の異なる者がヒザをつき合わせて議論し、妥協点を見出すことも場合によっては必要でしょう。そうやって社会の構成員が一定の譲歩をしながら、平穏な社会を共に作っていく。それが三重の目指すダイバーシティ社会だと考えます。

私は理論の正統性だけを武器に相手を切りつけ断罪するために言葉を使ってきた時期があります。その頃の反省から今は正義を振りかざし相手を断罪する事よりも、お互いに認め合う事が大事だと考えています。


私の議員としての仕事の多くの部分もまた、議論の末、相手を理解し、お互いに譲り合って結論を出す事に費やされています。

この質問状の冒頭には「本質問状及びご回答は報道機関、ウェブサイトやSNS等へ、広く公表させて頂きます。ご回答頂けない場合もその旨を公表します。」と書かれているとおり、議論による相互理解ではなくはじめから公にさらすことを目的にした質問状だと理解しています。このように一方的に質問を突き付け回答を「要求」する姿勢は非常に攻撃的で敵意を感じますし、議論の末の相互理解を求める歩み寄りの余地を感じ取ることが出来ません。

他者に理解と寛容を求めながら、自身の見解と異なる意見を認めない一方的な寛容は、ヘルベルト・マルクーゼに象徴される60年代の新左翼の思想に通じるように感じます。同氏の論文「抑圧的寛容」では社会を抑圧する側と抑圧される側に分断し対立構造をつくりだし、かつ抑圧す者であるマジョリティの言論の自由を奪う事で、マイノリティがマジョリティの作り出した社会と秩序を破壊することが正義だと説く、体制化された暴力を打破するための暴力は容認されると考える非常に危険な革命思想である事が分かります。

対してJ.S.ミルの自由論に基づき自由な意見表明を沈黙させることは弊害があると考えます。

ミルはどのような意見であれ、(自由な意見表明を沈黙させる事によって)その意見が正しかったとするならば誤謬を真理に取り替える機会を失い、仮に誤った意見であったとしても、真理と誤謬の衝突によって真理が明確に認識されることになり、その利益を失うことになると説きます。

そしてミルの言う「反対意見の持ち主に邪悪で不道徳な人物という汚名を着せること」という「討論当事者の行う行動で最悪な行為」は、現在もSNS上で散見されます。

また、平成28年に成立した部落差別解消推進法の審議の際、参考人として招致された石川元也弁護士は1969年に起こった矢田中事件の判決を引用し次のような発言をしています。

「特定の思想なり運動方針に固執する者が右のような差別文書(大阪市教職員組合東南支部書記次長選挙における立候補挨拶状と思われる)の定義を採用するときは、容易に反対の意見を封ずる手段として利用され、同和教育の推進あるいは同和問題の解決に対する自由な批判、討論が不活発となり、この問題に対する開かれた自由な雰囲気がなくなって、ついにはそのような考えを持つ者の存在をも許さないことになる。」

「差別行為のうち、侮辱する意図が明らかな場合は別としても、本来的には何が差別かというのは一義的かつ明確に判断することは難しいものである、民間運動団体が特定の主観的立場から恣意的にその判断を行うことは、異なった意見を封ずる手段として利用され、結果として異なった理論や思想を持った人々の存在を許さない独善的な閉鎖的な状況を招来しかねないことは判例の指摘するところである」

以上のことから、このような質問状に回答する必要性はないと思うが、自由な議論を行う事が出来る健全な社会の保全を目的に私の見解を明らかにし、公表することにします。

意見表明

 まず最初に。私の回答を一切切り貼りや引用をする事を禁じます。TwitterやSNS、報道機関、webサイトなどへ公開する場合、一字一句全て掲載してください。私は私の管理するブログに事前に全文を記載しますので、仮に切り取りがあったとしたらこれを根拠にさせて頂きます。(令和3年3月30日)

問1Aの回答:戸籍法の定めに則り婚姻を届けることで、婚姻当事者及びその家族に対して「権利義務」を伴う法的地位が付与され、貞操の義務(民法770条1項1号)および夫婦の同居、相互扶助義務(民法752条)と生活費用の支払い義務(民法760条)等が課せられます。同性同士の関係にも法律婚同様の法的効果を求めるのであれば、権利と共に民法に定められた義務が伴うことは明白です。婚姻を届ける事により戸籍が作成され、夫と妻だけでなく子が記載されます。民法によって定められた相互扶助義務、貞操の義務、第3節に定める夫婦財産制などは一義的にもっとも弱者である子を保護する制度だと考えます。適切に養育され成長して成人するまでの保護を親に約束させるためのもの。次に子供の養育義務を放棄した夫から妻を保護する制度だと考えており、これらの今まで守られてきた文化を根底から覆す必要はないと考えています。

Bの回答:異性婚の場合、子どもの学校や仕事の都合などで単身赴任を強いられる場合がありますが、その期間もきちんと会っており別居と言う訳ではありません。故意に同居、相互扶助の義務を怠ったり、貞操の義務を怠れば民法770条の定めの通り夫婦関係を破綻した原因者となり、損害賠償請求を免れることが出来ません。法律に則り婚姻関係を築いた以上はその権利を享受するために最低限の義務を果たす責任が求められていると考えます。また、民法の規定に子供を産む義務は定められていません。望んでいても結果として子供に恵まれないご夫婦もおられると思います。子供がいないことをもって婚姻の義務を怠っているという主張は法的根拠を欠いていますし、私の見解とも異なります。同性婚推進者の中には同居の義務は必要が無い、通称名でも届けられると言うような事を主張する法学者もおみえの様ですが、それが通るのであれば婚姻という形態から乖離したものとなり、別の法整備が必要となります。札幌地裁の判決でも憲法の24条が異性間の婚姻を定めた条文である事は確認されています。憲法解釈によって同性婚をみとめる事は不可能であり、同性間の関係を婚姻として法的に定める事を求めるであれば憲法改正が必須だと言うのが私の意見です。


2の回答:指摘されている私のtweetは「外国人同性パートナー在留特別資格訴訟を支援する会」の発起人の一人であるNPO法人パープル・ハンズ事務局長の永易至文氏の3月5日に発信されたtweetの内容に対する私の見解です。同じく同会の発起人の一人であり、明治大学の法律学者の鈴木賢教授も同様の趣旨の発言を行っております。この主張は私の発言ではないので私にその意味の説明を求めるのは不合理です。
2月28日に行われた新宿区の制度に関するオンライン説明会に於いて、鈴木賢教授が明確に、「パートナーシップ制度は国を変えるテコ」だと発言をしております。
私は三重県議会議員としてそのこのような考え方は到底容認出来ません。本県でも施行される予定のパートナーシップ制度は、本県に住む当事者の抱える課題に対応するための施策であり、日本という国家を動かすものという認識はしておりません。鈴木賢教授の考え方を否定致します。

3の回答:本当に愛し合っている同性愛者が真の意味で夫婦として認められる事を求めるのであれば、鈴木賢教授の主張に反対の声をあげるべきではないでしょうか。しかし現状は一部の性的少数者の方々が異なる意見を表明するとアンチLGBTデータベースと言うホームページで糾弾されていると聞いています。

同じ性的少数者でありながらも、異なる考え方を表明すると糾弾される、そんなLGBT活動家が存在していると当事者の方々から報告を受けています。また理解者であったはずの政治家ですら、差別主義者だと糾弾されていると聞いています。私は同性婚には反対の立場ですが、解決すべき課題には柔軟に対応すべきだと思っています。札幌地裁の示した異性愛者得る一定の法的保護が及ばない状況、特に財産関係に関しては改善の余地があると考えており、当面は公正証書に於いて相互の権利を確認し、最終的には婚姻とは別の形で国が何らかの法を定めるべきだという見解です。

賛否を問う事も出来ない運動は前提で明記したとおり、社会の寛容性を奪い、闊達な議論を萎縮させ結果として社会全体を衰退させると考えます。思想によって社会を分断する行為は相互の理解促進を阻害するだけです。婚姻と同等の関係を望む人達とそれを不要だと考える人達との間の溝を生むでしょう。性的少数者の抱える課題の解決に前向きで、比較的寛容な理解者でさえ、糾弾し続ければ距離を置くようになるでしょう。そうなれば札幌地裁の求めるような性的少数者に対する法的保護の実現すら遠のかせることになるでしょう。

4のA回答:クローゼットですので当然具体的な名前までは申し上げられませんが多くの当事者の方々から話を聞いております。彼ら彼女らは穏健に波風を立てずに今まで通り生きていきたいと望んでいると認識しています。メール、メッセンジャーや電話で、また一部直接お会いした方々もいます。一地方議員である私に訴えてくる方々はごくごく一部の方でしょうが、彼らは鈴木賢教授の推進する様な同性婚の法制化に否を唱えています。繰り返しですがきちんとした詳細な決まりを付帯した上で同性愛者同士にも認められるべき法的保護を定めていくべきであると考えています。

Bの回答:私のところの連絡してくださった方々の圧倒的多数はクローゼットです。パートナーシップ制度が性的指向を表明することそのものであるため利用者が少ないのでしょう。本県で定めた条例の通り、県民全体で理解を促進することが、県議会でも確認された様に性的指向にかかわらず皆が持てる能力を発揮することが出来る社会づくりをすすめるものと考えます。

5Aの回答:現行の法律の下で、公正証書による、お互いの財産分与の取り決め、共同生活に関する合意書、解消を希望する場合、どのような条件で解消が認められるかと言う事前の取り決めが必要です。お互いのを遺言書の作成も必要だと思われます。

Bの回答:今回の三重の条例制定の課程で素案の段階から、公に声を上げられない当事者の悲痛な叫びを受け止めることになりました。パブリックコメントの際にも当初名前や住所など個人情報を記載する様式になっていましたが、クローゼットの方々から指摘を頂き、個人情報を記載することなく意見表明を頂けるよう早急に対応させて頂きました。大きな声を上げて主張する事が出来ない。カムアウトの必要性を感じない、今まで通りの平穏な生活を求める当事者の声なき声に答えることが私の役割だと感じました。

日本の社会に於いて国民は政治活動の自由が保障されています。同性婚を推進する政治活動の自由も当然保障されているわけで、その主張も否定するつもりはありません。一つの見解です。他方我々性的少数者ではない者だけでなく性的少数者の中にも同性婚を求めていない人達がいることも同様に現実だと認識しています。特に三重県の条例のことやパートナーシップ制度のことに関して私を頼ってきてくれた公に声を上げられない方の声も、実際三重に住む方々の尊重すべき多様な意見の一つです。当事者の置かれた状況、課題、意見は実に様々だと認識しています。個々の課題に答えるためには、個別具体的に対応していく柔軟さこそ求められると考えています。そんな様々な方々の気持ちも反映され本当の意味で「性的自認・性的指向」による差別のない、多様性を認めあう三重県であるべきだと思います。カムアウトが出来る社会ではなく、カムアウトをする必要のない、互いに自然に受 け入れられる成熟した社会の確立が望まれるという言葉で締めくくり回答を終わります。

以上

コメント

  1. このブログの上部に、
    「なお、個人の住所を公開したという誤った認識が流布しているので追記しますが、公開質問状の上部を拡大し再度掲載します。・・・団代に所属する代表者として送付されたものであることを追記しておきます。」
    とのコメントを追記されたことを評価いたします。
    公開質問状および当該質問状への回答を掲載する場合、質問者と回答者に係る情報掲載は必須と思います。

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  2. >「なお、個人の住所を公開したという誤った認識が流布しているので追記しますが、公開質問状の上部を拡大し再度掲載します。・・・団代に所属する代表者として送付されたものであることを追記しておきます。」
    私も追記されたことを支持します。
    ヤフコメ等、ブログを読んでなく憶測のコメント多すぎて・・・。

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  3. 引用を禁止する権利は誰にもありません。

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