2017年8月16日水曜日

小林麻耶さんのブログを読んで、8/15にあらためておもう

「今の平和があるのは私たちのご先祖様たちのおかげです。」 って言える人だったんだな、この人。 ちょっとまえコンビニのCMでアホっぽいキャラ演じてたけど。 小林麻耶オフィシャルブログより 8月15日 終戦の日 http://ameblo.jp/kobayashi-maya/entry-12301646352.html ************* として回天の特攻隊員の遺書を転写してる。 敵が迫っている。大好きな母が死なれるのがこわい。 母に泣かないでくれと言い残していく18歳。 この言葉に感動しない人がいるだろうか、と思う。 ************* 先の大戦に関しては色々な人達が色々な事を言う。 戦争自体が正しい勝ったのか間違っていたのか、という議論はあまりにもおおざっぱすぎる。 開戦に至るまで、戦争中、終結に向けて、 おびただしい数の判断があって、その全ての判断が正しかったとはとてもじゃないが言えない。 誤った決断もあった。 もっと違う判断を下していれば、という局面も無いわけでは無い。 しかし、時代を下って結果を知っている我々が過去を非難するのは、過去の人間に対して不公平だと常に思う。 当事者はぎりぎりの選択をせまられ、精一杯生きてきた。 仮に自分がその時その立場なら、彼らと同じ判断を下さない保証はあるだろうか? ************** 全てを正当化するつもりも、その必要も無い。 ただ、先の大戦の評価と、自らの命を犠牲に日本を守った人達の評価は全く別物だ。 自らの未来への希望もあっただろう、夢もあっただろう。 しかしそれを諦め、ただ家族を思い戦いに行った人達が、我々の先祖に居る。 時代を恨むこともなく、政府を恨むこともなく。 ただ、愛するもののために。 その心は尊く、美しい。 そして彼らの貴い犠牲は、確かに敵の本土攻撃を遅らせ、日本を守った。 ************* 彼らが残るものに託した想いは一様に、平和な国家と日本の繁栄だった。 その想いが集約された一言が、昭和天皇の発せられた終戦の詔書の末尾にあると思っている。 宜シク挙国一家子孫相伝ヘ、確ク神州ノ不滅ヲ信シ、任重クシテ道遠キヲ念ヒ、総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ、道義ヲ篤クシ、志操ヲ鞏クシ、誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ、世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ ************ 戦後我々の上の世代の努力によって世界の進運に遅れるどころか、最先端を誇る国になった。 しかし 道義、すなわち道徳てきに優れた 志操、ゆるがぬ正義感を兼ね備えた 日本国になっているだろうか? 自戒の念も含めて、あらたに思う。 命懸けで日本を守ったご英霊の期待を裏切るような我々であってはならないと。