2011年12月31日土曜日

プリクラとデジカメ

な〜んでプリクラなんてあんなに大流行したのかな〜とふと思った。
で、調べてみた。

出てきたのが95年で97年がピークだったらしい。
ちょうど大学の時だ。
プレーステーションとか出てきてて家庭用ゲーム機の画質がアーケードに迫りつつあったころ。家でこんな高画質のゲームが出来るようになったのか?とファミコン世代の俺たちは思ったわけよね。
少しさかのぼると格闘ゲームが全盛だったときで、ゲーム機やさんはぼろもうけしたんだよね。だって秒殺されても100円取られたんだから。
ゲーセンってウチらが中学ン時ぐらいまではまだまだ不良のたまり場的雰囲気でヘタすると怖いあんちゃんにカツアゲされる恐れもあったようなところで、暗くて危ないところだったんだよね。
それが格闘ゲームブームで明るい遊び場に変わって、何のことはない女の子のユーザも入ってくるようになった。
開けたゲーセンの新たな顧客層って事で女の子向けの商品を開発したんだろーなー。で当たったのがプリクラ。
よく考えりゃデジカメってまだ当時普及してなかったしね。携帯にカメラ機能なんて無かったし。
当時俺が持ってた携帯って
Docomo NM511ってこんなばかでかい代物だったんだよね。液晶当然モノクロだし。

高校生がモツにはまだちとたかかったかな。
可愛くなかったしね。なにより。
子供が持つ物って感覚無かったもんね。

だからその場で取った写真が持って帰れるってのがでかかったんだろうな。
写ルンです」とかまだ全然売れてたんじゃない?97年に大型のCM打ってるみたいだし。

だから少々画像が悪かろうが印刷物が小さかろうが、遊びでやるぶんにゃ全然そんしょくねーってことだったんだろうな。
それでもここみると一回400円もしてたのな。バカたけ〜!!

それでも取りまくってさ、交換してさ、手帳にコレクションしてさ、凄い勢いだったもんな。

そういやピークだって言う97年の夏から国外いっちまったからその後の収束ぶりって知らないんだよね。
でその当たりでデジカメって普及し始めて、当時欲しかったのがQV-10ってやつだったんだよな。レンズ部分が動いてね自画撮りとかできるデジカメっぷりがかっこよくてね。今じゃ当たり前なんだけどさ、フィルムカメラには出来ない芸当だからね。

でも買え無くって。で、最初に手にしたデジカメがソニーのデジタルMavica MVC-FD7ってやつだったんだよな〜。こいつこれ以前もこれ以降も存在しなかったフロッピーディスクに記録する唯一のデジカメ。

3.5インチフロッピーがそのままはいるからでかいでかい。
当時のカメラと比べてもでかかった。でも便利だったんだよね。メモリとかまだ高かったしさ。ケーブルとかがちゃがちゃしなくてもフロッピーさしこみゃ画像がコピーできたし。フロッピー何枚かもってりゃ結構な数の写真取れたし。フロッピーなんてもう当時でも安くなってたからね。で、今じゃ当たり前だけどリアルタイムでエフェクトがかけられて、ネガポジ風だったりとかセピア色だったりとかの写真が撮れて、すげ〜アナログじゃできね〜とか思って当時はひたすら感動したわけよ。
だって取ってから加工するのとさ、取ってる段階から加工されてるのとでは取るときの感覚が違うじゃない。それが凄かったんだよな。

ともあれそんな時代だからね。それでも取ったすぐにプリントできるように成るのにはまだその先何年かかかるんだよな。

そんな意味でプリクラは即印刷できる写真っていみでその先まだもう少し独占できたんだろうね〜。

ただwiki見る感じでは本家は結局その後他者に後れを取ったりとかで大して儲からなかったみたいね。移り変わりが激しいんだろうね。この辺のものって。
で、程なくしてゲーセンって淘汰されてくんでしょ?
今は昔みたいな勢い無いもんね。
なんせスマホだってゲームあるんだから。どっかいってまでゲームしようってもう考えないよな。

そんな一時の流れにマッチした寿命の短いヒットだったみたいだね、プリクラって。





って年末にわざわざ上げるエントリーか?