2011年5月1日日曜日

陸前高田

正直どのようなことがここで起こったのか、全く想像がつかない。
ある程度情景が思い描ければ感情移入もし、苦しみ、葛藤し、涙もするだろう。
延々と更地のように全く何もない。
殆どの建物は土台を残して消失。
残った鉄筋もグニャグニャ。

ただただ呆然。
その後遠方に途方もないがれきの山を見るのだが、とにかく表現の使用のない感情。それしか言えない。

あとから臨時の市庁舎に行ったときに親族が貼った家族捜しの掲示。4才と5才の兄弟の写真があった。初めて実感の伴った心に苦しさを感じた。

遠方に市庁舎と学校が見えた。おそらくあそこにも避難した人がたくさんいただろう。
学校は何階建てだったろうか?最上階まで破壊された跡が見えた。

元どんなところだったか全く知らない。だから余計分からないのかも知れない。
おそらく商店街もあって、家屋もあって、パチンコ屋もあって、本屋もあって、コンビニもあって何もかも普通の街だったと思う。

その後山の方に向かって走っていったのだが、川に沿って延々と被害地が続く。大凡このあたりの人たちは津波被害なんて考えていなかったろうに、と思われる上の方まで壊れた家、がれきが続いた。

防災対策を検討せねばならない立場として、どうしても津市との比較をしてしまう。

外海に面したリアス式海岸。小規模の開いた湾が続くのにたいし、津市は比較的閉じた大きな湾。
湾外に震源地があった場合はおそらく知多半島は大きな被害を被るだろう。
その緩衝で津市には大きな津波は来ないかも知れない。

プレートが震源地でない場合。幾つかの活断層が震源だったとすれば湾内震源地もあり得るのだろうか?だとすると今回の被災地同様かなりの津波被害が出るだろう。
川を上って周辺地区も随分流されることだろう。
場合によっては海岸線から随分離れた所でも水に飲み込まれる可能性も有るかも知れない。ここ陸前高田のように。

いずれにせよ複数の震源地が考えられるわけだから、複数のシナリオを立てておかなければならないだろう。

 そしてシナリオに沿った異なる対応。専門家を交えた予測をしっかり立てないといけない。
無駄な混乱を避け、適切な初動対応を行うために。