2011年3月15日火曜日

東日本大震災とモルドバ2 日本人

モルドバからの問い合わせが後を絶たない。
モルドバのメディアは私の家内を初め日本にいるモルドバ人を捕まえてはインタビューをしている。家内はfacebook経由で一人、あとCIS圏でよく使われている別のSNS経由で従兄弟から連絡が入り、こっちは結果skypeインタビューを受け夕方のニュースに流れたんだとか。

つまり大使館がない国なので情報が入ってこないらしい。ほとんどのモルドバ人は関東圏に住んでるようなので、おそらく地震の大きさと、地震を余り経験したことのない国民であるが故にその恐怖へのおののきと、中には原発爆発の情報から今すぐにでもチェルノブイリのような事態が起こるのでは?という噂を是正されることなく信じて今すぐにでも国に帰る!と騒いでいるモルドバ人の姿もどうやら向こうのメディアには映像として流れているらしい。

こういった大きな災害が起こったときに我々流れてくる情報源を母国語として理解できる人間ですら混乱するしデマに惑わされる可能性が高いのに、情報が翻訳され遅延され伝わる人たちの間において誤報による混乱を押さえる力がずっと限定されることはそれほど想像することは難しくないだろう。

現実地元にあるブラジル人と他スペイン語系南米人を対象にしたwebメディアの社長は昨日も情報公開に翻弄していた。中には昨日の12時の時点で別の地震が東海地方に起こるらしいけど本当か?という問い合わせが日曜日にあったそうだ。
予言者でも居たのだろうか?でも実際そんなレベルだそうだ。
もちろん当人は真剣だろう。
そしてそれが複数の人間の確信に変われば、それが誤報であろうが無かろうがいったん動き出したものを止めるのは容易ではない。
日本はすでに単一言語によって構成された社会でないにもかかわらず、この辺に関する対応の未熟さもまだまだこれから是正されなければならないようだ。もちろん県の方からは適切な情報が文書として彼の所に降りてきて、彼がこれを翻訳しwebには上げているものの、現場の横横の情報伝達のスピードに比べて遙かに遅く、ラジオ放送などもあるらしいがいずれにせよ遅い、というのが彼の見解だ。しかも使用人口の少ない言語になればなるほどその遅れは如実に表れるらしい。

そしてモルドバ人にとって理解できないのは、なんでとっとと日本から逃げないんだ?という事らしい。もちろん在日モルドバ人の中には早くもチケットを確保して帰郷の準備をしているものもいるようだ。日本人はよっぽどこの土地に執着があるのか。と感じるようだ。
言語の壁も含めて他何処に行くんだ?と考える人が多いのも事実だろう。
日本のように安楽に居住できる場所は他に無い。と感じる日本人が多いことも事実だろう。
様々な要素があってどういう訳だか我々日本人はこのような状況にあっても、身の回りのものをまとめてとっとと逃げる。という判断をしないようだ。
私自身も、まあ今回の地震で大きな揺れを感じることの無かった土地にいるからかも知れないが、地震は日本に限らず何処にでも起きるし、何処に行ったって100%安全な所なんか無いからね〜というような返答を家内にした。

日本人はとんでもなく我慢強いと写るらしい。

後私が思ったのは”卑怯”という感覚だろうか。今でも突如の被害で苦しんで悲しみの縁に居る人たちが多くいるのに、単に被害に遭わなかったと言うだけでなく、こっちにも被害が及ぶ可能性があるからその辺の人たちは放っておいて自分だけ逃げる。という考え方を卑怯だと考える自分が居る。

あと面白いと思った分析は村八分という日本の感覚が根底にあるのだという。
その方曰く、村八分が十分、つまり100%で無いこと、残り2分が残っていることの意味あいは非常に大きいのだという。 そしてどれだけ村八分にあったとして社会から抹殺されていようとも葬式の時と火事の時は村のみんなが助けてくれる、というのが日本の考え方らしい。どんな悪いやつでも死ねば仏になる。だから完全に殺すことはしない。哀れみを残すんだそうだ。そしてその中には火事のような災害にあったときには悪人であろうがなんだろうが取りあえず助ける。
言い換えれば悪人でなければ被災者に対して最大限の努力をして救援することは当たり前のことだ、という考えにいたる、らしい。

政治腐敗や経済の困窮から労働人口の半数近くが国外に流出しているモルドバ。国の半分を麻痺させるような巨大な地震を経験しても国を出ようとしない日本人。またもや興味深い対比をすることが出来た。

ちなみにモルドバ人の名誉のために言っておくが、決してモルドバ人が薄情だと言っているわけではない。場合によってはモルドバ人から見ると日本人の方が人と人との情の関係が希薄で親子の関係もバラバラだと感じることが多々あるらしい。
 ただ独立国家として自国を持った時代が20年前の独立以前は遠い中世にまでさかのぼらなければならない歴史や地続きの移動を繰り返してきたヨーロッパ人の背景も加味されてのことなのか、とにかく国や土地に対する執着は我々日本人にとって圧倒的に少ないことは事実のようだ。