2011年11月28日月曜日

また幼児虐待

昼のテレビで幼児虐待のニュースが報道されてた。
福岡で19才の男が交際相手の女の子供を虐待し、子供は脳死状態だという。

交際相手と言うことだから実父では無いんだろうか。
8ヶ月の子供。

なんとも・・・・

自分も2人の娘の父親だ。
一人目の娘の時は最初の半年ぐらいはもちろん大変だった。
夜寝ない。
ひたすら泣く。
自己の要求しか主張しない怪獣。
父親の私は実際何も出来ないから歯がゆい。
母親は泣く度に乳を与える。3時間ぐらいのインターバル。
まともに寝られない。
夫婦共にストレスがたまる。

こんな事は子供を育てたことがある人なら「誰でも」知ってる当たり前のこと。
ストレスの度合いによっては折檻の経験がある人も少なくないはず。
実際「殺してしまおうか」「力一杯殴ってしまおうか」「壁にでも投げつけようか」という考えが頭をよぎったことのある人達も結構いるだろう。

包み隠す必要も無いので正直に言うが、私も同様の経験がある。

でもそれを実際行動に起こすまでの間には相当なハードルがある。
よっぽどのことがない限り最後の一歩は踏みとどまる。

そんなある種の極限状態に置かれたときに必要になってくるのは実は
結構些細なことだと思う。
当たり前のように夫婦の間の助け合い。
妻に変わって乳をやることの出来ない私は気遣ってさすってやるぐらいのことしかできない。
でもその行動が、
安心感
お互いが望んで産んだ子供だという共通認識
自分たちが愛し合っているという確認
その当然の結果としての子供

そんなことを再認識させてくれる。
だから「頑張ろう」と思う。

だからこそ逆に

初めての子供が「望んで生まれた子供じゃない場合」時、
かわいい子供 と 泣き続ける怪獣
との天秤が崩れるだろう事は想像に難くない。

いったんたがが外れてしまえば、一度叩いてしまえば、後はなし崩しだろう。

SEXは自分がしたくてするんだろう。自分が気持ちよくなるから。
でも生まれてくる子供は
100%自分に依存を求めてくる存在。何一人自分で面倒を見ることの出来ない要求の固まり。
自分の行動によって産まれる責任を考えずに自分の欲求を追求することだけしかしてこなかった者達が、自己快楽追求の結果として「できちゃった」対象が求める要求にどれだけ答える、言い換えれば「与える能力」があるだろうか。


自己の成熟なしに家庭を持つことが如何に危険か。誰でも分かる事実だ。

「幼児虐待を減らす」

「望まずして産まれる子供を減らす」
と近いと思う。
堕胎を推進しろといっていると誤解しないでいただきたい。

sexしたら子供が出来るんだよ。
というか
sexってのはそもそも子供作るための行動なんだよ。
という「当たり前」の事をよく認識する必要があるように思う。

だからそれをふまえて子供を作りたいと思う相手と子供が出来るようなsexをすべきなんだけど、
子供のことを考えない相手なら「避妊しろ」という常識が何時までたっても普及しない。
生の方が気持ちが良いからってだけの事にその常識があっさり負けるんだろうか・・・

それじゃ盛りの付いた犬や猫と変わりないじゃないか。俺ら人間だぞ。

生後8ヶ月で、親から愛されることなく終わっていく命が不憫でならない。